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東京地方裁判所 平成8年(ワ)14063号 判決

原告

平和タクシー株式会社

ほか一名

被告

佐藤英淑こと金英淑

主文

一  原告らの被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務は、連帯して金二四万四二二二円を超えて存在しないことをいずれも確認する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告らの被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務はいずれも存在しないことを確認する。

第二事案の概要

本件は、交通事故の加害者らが、被害者に対し、損害賠償債務が存在しないことの確認を求めた事案である。

一  争いのない事実(1及び2の事実については、原告らの先行自白を被告が黙示的に援用したものと解され、3の事実については被告が明らかに争わないから、自白したものとみなす。)

1  交通事故の発生

別紙交通事故目録記載の交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

2  責任原因

(一) 原告佐藤英雄は、本件交差点に進入するに際し、右から交差点に進入しようとしている車両の有無・動静に注意して進入すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と交差点に進入した過失により本件事故を生じさせたものであり、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(二) 原告佐藤の右運転は、原告平和タクシー株式会社の事業の執行として行われたものであり、また、同原告は、加害車両である普通乗用自動車(品川五五く七七二四。以下、「本件タクシー」という。)を所有し、自己のために運行の用に供していたから、同原告は、民法七一五条及び自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

3  損害のてん補

原告平和タクシーは、原告の治療費として春山外科に対し五七万六〇四〇円を支払った。

4  確認の利益

被告は、右損害てん補額を差し引いても、本件事故に基づく損害が残っていると主張しており、損害賠償額に争いがある。

二  争点

1  損害額

(一) 原告の主張

(1) 治療費 金五八万二二二〇円

被告は、本件事故により、春山外科病院に頭部胸部打撲、頸挫傷、右膝部右下肢打撲の傷病名により、平成六年一一月一九日から平成七年五月二五日まで通院(実通院日数九四日)した。ところで、被告は、レントゲンによって何らの異常もなく、何らの他覚的所見がない。よって、被告は、遅くとも平成七年五月二五日には治癒したはずであり、同日から後の損害は本件事故との相当因果関係を欠く。

春山外科病院の同日までの治療費は五八万二二二〇円である。

(2) 休業損害 金〇円

被告は、本件事故により経営していた韓国料理店を閉店せざるを得なくなり多額の損害を受けたとするが、その損害額を証明する合理的な資料を提出しないから、損害の発生は認められない。

(3) 慰謝料 金六四万四〇〇〇円

(二) 被告の主張

(1) 治療費

被告は、未だ頸椎等に痛みがあり、治癒していない。

(2) 休業損害

被告は、韓国料理店を経営しており、本件事故がなければ相当の収入を得たはずであった。資料としては原告宛に店舗賃貸契約書等を提示してある。

(3) 慰謝料

原告主張金額には納得できない。

2  過失相殺

(一) 原告の主張

本件事故は、原告佐藤英雄が本件タクシーを運転して職安通りの第三車線を進行して対面青色信号にしたがって本件交差点に進入させた際、右側から対面赤信号を無視して本件交差点に進入してきた被告運転の自転車に衝突させたものであるところ、被告には、対面赤信号にしたがって本件交差点手前で停止すべき義務があり、かつ、本件交差点に左から進入してくる車両の有無・動静に注意して進行すべき注意義務があるのに、これらの義務を怠り、漫然と交差点に進入した過失があり、原被告双方の過失の程度を比較すると、少なくとも被告に八割の過失が存する。

(二) 被告の反論

争う。

被告の対面信号は青色であり、本件事故は原告佐藤英雄の信号無視によって起こったものである。

第三争点に対する判断

一  原告の損害額

1  治療費 金五八万二二二〇円

証拠(甲三の1及び2)によれば、被告は、本件事故により、春山外科病院に頭部胸部打撲、頸挫傷、右膝部右下肢打撲の傷病名により、平成六年一一月一九日から平成七年五月二五日まで通院(実通院日数九四日)し、これによる治療費は五八万二二二〇円であることが認められるが、右金額を超えて治療費がかかったことを認めるに足りる証拠はない。

2  休業損害 金六六万八四三五円

証拠(甲一〇ないし一二)によれば、被告が本件事故当時韓国料理店「ぱらんり」を経営していたことが認められる。しかし、甲一一によれば、平成六年九月ないし一二月の特別地方消費税が当時申告されていないかったことが認められる上、被告からは被告の収入に関係した証拠は裁判所に一切提出されていない。

しかし、このことから直ちに被告に収入がないということはできず、弁論の全趣旨によれば被告には夫がいることが認められるから、家事専従者との均衡も考慮し、少なくとも賃金センサスの女子平均賃金の約八割を基礎とした休業損害が認められるべきである。また、休業期間については、通院状況は、右1認定のとおりであるところ、甲三の1によればレントゲン撮影においては被告に異常がなかったことが認められるから、休業期間は前記1認定の通院日数中、実通院日数九四日分に相当する休業日数を認めることが相当である。そこで、平成六年賃金センサス企業規模計・学歴計・全年齢平均の女子労働者の年間平均賃金三二四万四四〇〇円を基礎として被告の休業損害額を算定すると、金六六万八四三五円であると認められる。

計算式 3244400*0.8/365*94=668435(円未満切捨て)

右以上の基礎収入額又は休業日数を認めるに足りる証拠はない。

3  慰謝料 金八〇万円

右1で認定した本件事故による通院期間、通院実日数等を考慮すると被告の傷害慰謝料としては八〇万円を相当と認める。

4  以上に認定したほかの損害については、何らの主張立証がないから、被告の総損害額は、合計二〇五万六五五円と認められる。

二  過失相殺

1  証拠(甲二、四、六、七、八の1ないし3、九の1ないし8、一三ないし一五)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、幅員約二〇メートル・片側三車線(中央線に植え込みがある。)の職安通りと、原告佐藤進行方向側から見て右方幅員約七・三メートル、左方幅員約四・八メートルの交差道路が交わるやや変形の交差点である。

(二) 本件事故当時は、夜間で雨が降っていた。

(三) 原告佐藤は、本件タクシーを運転して職安通りの第二車線を進行して本件交差点に差し掛かり、対面赤色信号にしたがって本件交差点手前の停止線で本件タクシーを停止させた。

(四) 原告佐藤は、対面信号が青色に変わり、右方道路から進行する自転車等に注意を払わず、本件タクシーを本件交差点に進入させたところ、右方から被告が自転車に乗って進行してきたのを発見したので、原告佐藤は急ブレーキをかけたが、間に合わず、本件タクシーの左前部を被告自転車の後部に衝突させた。

なお、本件事故時点の被告側対面信号表示が赤色であったことは、事故後の警察官の取調べの際に被告がこれを認める供述をしている(甲一五)ことからも明らかである。また、被告が本件交差点に進入した時点の信号表示は、信号サイクル等が本件証拠上明らかでないため断定できないが、右認定の事故状況に照らし、本件交差点進入時点で既に青色ではなく、少なくとも黄色であったと認められる。

2  右認定事実を基礎として過失相殺について判断すると、原告佐藤には、対面信号が青色に変わったとしても、自転車等がなお交差点に進入しようとすることがあり得るから、そのような自転車等の有無・動静に注意して本件タクシーを発進させるべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と発進して本件交差点に進入した過失があるのに対し、被告には、対面信号が少なくとも黄色であったから、本件交差点に進入してはならないのに、本件交差点に進入した過失があり、これらを比較し、右1の事故態様を総合考慮すると、過失相殺として被告の損害額の少なくとも六割を減ずるのが相当と認められる。

三  損害額の計算

原告らにおいて賠償を要すべき被告の損害額は、前記一の合計額二〇五万六五五円から六割を減額した八二万二六二円となる。ここから当事者間に争いのない損害てん補額金五七万六〇四〇円を差し引くと損害額は二四万四二二二円となる。

四  結論

よって、原告らの本訴請求は、原告らの被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が、連帯して二四万四二二二円を超えて存在しないことを確認する限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判官 松谷佳樹)

別紙 交通事故目録

一 日時 平成六年一一月一八日 午後一一時一〇分ころ

二 場所 東京都新宿区新宿七―二五―一一先東大久保二丁目交差点(以下、「本件交差点」という。)

三 事故態様 原告佐藤英雄が普通乗用自動車(品川五五く七七二四)を運転して明治通り方面から河田町交差点方面に向けて職安通りを進行して本件交差点に進入させた際、右側から本件交差点に進入していた被告運転の自転車に衝突させた。

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